韓国裏話(今井寿編)
イマイヒサシ.・・・。
実際に、目の前で動くイマイさんを見るまで、私がイマイさんに対して抱いていた感じはただちょっと「特別に見える人」だった。
それから、事実は緊張したせいであるのか空港で最初にBUCK−TICKに会った時も珍しいと思うほど特別な存在感は感じられない人だった。
何をしたらよいのかと私は心配でたまらないのに、そんな気も知らずに余りに周囲に無神経にゲートを歩いてくるその人を、私はなんだか憎たらしく思った。
バスに乗っても同じだった。
アーティストのサポートをするのが初めてな私はガチガチに緊張していたし、やらなければならないことがたくさんあり、あちこち連絡する所も多くて心配でたまらないのに、どうしてそんなに平気な顔をして眠ってしまうことが出来るのか。
けれども、そんなイマイさんを嫌ったわけではない。ただ少し珍しい人だと思ってしまったたけだ。
ホテルに着いて部屋に行く途中で、始めてイマイさんの姿をまともに見た。
とても疲れ切っている姿で、韓国にくる前日の夜明けにもマネジャーから「メンバー達は今酒を飲んでいます」という話を電話で聞いていたが、ほかのメンバー達の分まで二日酔いしていそうな姿だった。
明日まともに公演ができるだろうかと心配してしまうほど、どこか痛々しかった。
長い休憩の後で遅くなった夕食。
イマイさんは食堂の一番隅の席でほとんど壁に寄り掛かるように座わっていたし、私は向い側に座っていたが長いテーブルのほとんどの中ごろに座わっていたからイマイさんをよく見るとか十分気をつけるというほどではなかった。
偶然にイマイさんの方を見つめればいつも同じ姿。
ほとんど話しをしないでひっそり食事をしたり、ひとりで空いた盃に酒を満たして飲むくらいだった。
今思ってみると、私はこの時のメンバーとスタッフみんなに挨拶するように私の紹介をしなければならなかったようだ。
そうして緊張したまま始めた座席だったが、少しずつ緊張が解けて、イマイさんも時々気にできるようになった。
おかげで自身が注文した味噌チゲをそっちのけで、前に座ったスタッフの冷麺を横取りしていたイマイさんも見られたし、焼酎を注ぎ足す為に氷を手でさっと取って自分の焼酎杯に入れるほんとうに気取らないイマイさんも見られた。
けれど、敢えてイマイさんと目は合わなかった。
私が恐ろしいと思っていたアツシさんとは、目が合っても負担はなかった。そんな場合にアツシさんは親切に笑いながらたまには目礼も添えてくれるから。
けれど多分、イマイさんと目が合ってもイマイさんはその顔つきに変化のないまま、見つめ続けていそうな、そんな感じだった。
むしろその方がもっと恐ろしかったから、イマイさんと目が合うかも知れないと思うと、怖じけて視線をよそに向けたりした。
夜明けになってから終った夕食。
メンバー達とはホテルのロビーで挨拶した。
この様子ではかなりメンバー達と馴れたと思ったが、イマイさんはあいかわらず遠い存在のように感じられるだけ。
アツシさんが抱擁で「オヤスミナサイ」と挨拶し、ほかのメンバーの誰かがまた挨拶してくる・・・そうするだろうと思ったがイマイさんがそういうことをするのは絶対想像出来なかった!
やはりであるがその無表情な顔でゆっくりと歩いてきた時、「まさか、この人が握手をしないだろう」と思ったが、イマイさんが手を差し出した・・・これはアツシさんの抱擁よりももっと驚いたことであった。
その次の日。
やはりイマイさんは無関心な態度で ホテルのロビーに出たし、バスに乗ったし、コンサートホールに着いた。
コンサートホールに着いてもおびただしい雨のためサウンドチェッキングのための楽器セッテングも終らなかった,
ミュージシャンとしては危機だと感じるくらいの状況を直接報告してもイマイさんの無表情は一貫していた。
一体、あの人はいつも何を考えているのだろうと私は思った。
そんなふうに時間が流れてインタビューをする時、イマイさんは変わっていた。
もちろん、ほかのメンバー達も同じ。
みんなメークアップをして、衣装も着たがとくにイマイさんの変身は驚くべきだった。
ぼうぼうだった頭はみんなさっぱりと後ろに流していたし、目の周りの赤い化粧と、ロゴのように描かれた左頬のB-Tという字でメンバー中唯一、「ビジュアルチックな」メークアップをして黒いミンソメ(タンクトップ?)を着て出たのだ。
思えばインタビューの時に初めて、イマイさんの声をまともに聞いた。
それまで私が聞いたイマイさんの声は食堂で、「御飯や味噌を蒸かすように」ぶつぶつつぶやきそうな声だった。
意外に話す時の声はとても低いトーンのガラガラしたハスキーヴォイス。
質問に真面目に答えてくれることはしたが、それはふだんのイマイさんに比べて真面目だということ。一般的なミュージシャンならインタビューする時には取らないようなポーズと態度を見せた。
私は、この時からそろそろイマイさんの「さりげなさの中に隠れた自信」を見つけ始めた。
それから公演舞台でちょうどイマイさんの真後ろで、すっかり雨に濡れて40分立っている間に、独特なカリスマを見せるイマイさんにおびただしい魅力を感じた。
はっきり、イマイさんには音楽が人生の全部であるのだろうと思うほど、演奏をする彼の姿は余りにも生気あった。
急にエネルギーを充電されたのではないだろうか?などととんでもないことを思い付くぐらい、演奏するイマイさんは余りにも珍しいオーラを吐出していた。
「イマイさんは雨が嫌いと言っていたが・・・」という考えが頭に浮かんだが、ほんとうにがんばってくれた。
頭を振って髪をかき上げて雨を扱いて行きながら。
私はイマイさんの姿をずっと見ていて、薄っぺらな衣装を着た細い体躯のイマイさんが、あんな雨に濡れて風邪でもひかないかととても心配した。
公演が終ってしまうと、またイマイさんは静かで、
特別に気にしなければ存在感が感じられない、そんな物静かな人に戻った。
けれど・・夜明けに始まった後の打ち上げで、私はイマイさんの別の姿を見てしまった。
ふだんの寡黙な様子とも、舞台でのカリスマとも遠い「赤ちゃんのような」イマイさんの姿を!
公演が終ったという安心感で一旦お酒も抜けたが、イマイさんはいろいろな人の誘いにのって、ふだんしなかった焼酎の一気飲みを何回もやった。
もうダメかと思ったが意外によく持ちこたえる・・・と思って、その瞬間お酒に酔ってしまったイマイさん。
赤ちゃんのような姿で居眠りして寝言をつぶやくことまでしていた。
それから自分の話も少し打ち明けた。あの寡黙なイマイさんが!
簡単に言うと一種の酒興だったが、全然見ていて、いやだったり憎かったり煩くなかった可愛い行動。
世の中に三十代中盤でもあんな赤ちゃんのような姿が見せられる人がいるなんて!
ひょっとすると私が既にイマイさんに、BUCK−TICKみんなに惚れてしまったの後だからそう思うのかもしれない。
けれども、私はこう思う。イマイさんはまだ胸の中に童心をいっぱい抱いて生きる幼い大人なのだと。..
結局、無理してお酒を飲んだせいで、出国する時は入国の時よりもっと疲れている姿だったしバスであまりに早く寝付いてしまうので自分のサインをするの時も失敗したが、無理して取り繕ったりしないそんな姿がイマイさんの高貴なところだと思う。
BUCK−TICKが帰ってから、BUCK−TICKの音楽に夢中になった私としては、イマイさんは何か尋常ではない存在だと確信するしかない。彼の音楽はメロディとか演奏よりは感覚とサウンドに重点を置くようなところがあり、それがほんとうに余りにも玄妙で玲瓏だし、神秘的というだけでなく敬畏感さえ抱かせるから、今となってはイマイさんを「天才」と言うしかない。
人が言うように彼はほんとうに宇宙的な感性を持って生きているのではないだろうか?
イマイさんを尊敬している。
ミュージシャンとして尊敬するのはもちろんであり,余りにも意外であるが、彼は私がいつも思っていた「自我の理想形」にかなり近い。
イマイヒサシ。
誰かに人生においてすることを教えられなければ時々さ迷う私に、彼は新しい人生のするべきことを掴ませた。